「私は《死の舞踏》をもっと明確に理解させるため《死の舞踏のパラフレーズ、怒りの日》トいう文句を題に付け加えるべきだと考えている。」リストは、1864年12月9日に、ハンス・フォン・ビューローに宛ててこう書いている。「怒りの日 Dies Irae」に基づく一種のパラフレーズであるが、厳密には変奏曲の形をとっている。そしてリスト自身が記しているように来れはピアノと管弦楽のための小協奏曲である。曲は悪魔的な力と叙情的な魅力を兼ね備え、かつてはリストの2曲のピアノ協奏曲以上に愛好されたこともあった。
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リストは、この曲を1838年から翌年にかけてイタリアを旅行した時に思いついたのだった。ピザに行きそこの寺院の墓地にあるオルカーニャ(1308?-1375?)の壁画「死の勝利」から霊感を受けて、この曲を書く事になったという。「怒りの日」の原曲の聖歌は淡々としており、その旋律はベルリオーズの「幻想交響曲」の終楽章でも登場するが、おそらくそちらの影響からとられたものと思われる。 |
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1865年3月15日、オランダのハーグでフェルスト指揮ディリゲンチア音楽協会管弦楽団とハンス・フォン・ビューローのピアノ独奏で初演され、曲は「尊敬をもって」ビューローに捧げられた。 |
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・シフラ(p)/ヴァンデルノート/フィルハーモニア[64]。
・シフラ(p)/シフラjr/パリ管弦楽団[68]。
・ツィマーマン(p)/小沢征爾/ボストン交響楽団[87]。
・ディボーデ(p)/デュトワ/モントリオール交響楽団[90]。
・ブレンデル(p)/ハイティンク/ロンドンフィル[72]。
・ベレゾフスキー(p)/ウルフ/フィルハーモニア[94]。
(以下の盤は日本では発売されていないし、輸入店でも見つからないが編者の好みで推薦盤として挙げておく。指揮と独奏者はチェコ人だが、オケが南西ドイツ放送交響楽団のせいか非常にドイツ的な重厚な音である。)
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