巡礼の年 第2年「イタリア」
Annee de Pelerinage-deuxieme annee:Itaria
(S161)

  1. 婚礼  
  2. 考える人 
  3. サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ
  4. ペトラルカのソネット第47番 
  5. ペトラルカのソネット第104番 
  6. ペトラルカのソネット第123番 
  7. ダンテを読んで - ソナタ風幻想曲
     
Sposalizio
Il penoroso
Canzonetta del Salvator Rosa

Sonetto 47 del Petrarca
Sonetto 104 del Petrarca
Sonetto 123 del Petrarca
Apres une lecture du Dante - Fantasia quasi sonata

 リストは1837年-39年にかけてダグー伯爵夫人と長女ブランディーネを伴ってイタリアに旅行した。その間、次女コージマ、長男ダニエルが生まれたが、リストは夫人と3人の子供を残してイタリアを後にした。これらの7曲はそうしたイタリア旅行の産物だが、第1年「スイス」が主に自然の風物を表現したのに対し、ここではイタリアの文学やルネサンス絵画などの偉大な芸術から霊感を受けて作曲している。

作曲年代

 
 「第3番」「第7番」以外の5曲は、1838年から翌年にわたりイタリアで、「第3番」は1849年ワイマールにて作曲された。

 第7番「ダンテを読んで」の標題はユーゴーの詩集「内なる声」からとられ、内容もダンテの大作「神曲」<地獄編>を読んだ印象から1837年に作曲され、39年にウィーンにて完成し、1849年ワイマールにて改訂された。

第4〜6番「ペトラルカのソネット」はダンテとともにイタリア文学史上に不滅の名を残したペトラルカ(Francesco Petrarca 1304-74)の代表作「抒情詩集」よりソネット(14行の定型詩)を3編選んで、1838-9年、3曲のテノールの歌曲を作曲した。(S270)

 第47番は「幸いなるかな、あの人の美しい両目に私はとらえられた。恋の矢は私の心を射抜いた。あの人だけを思って、他の誰にも寄せぬ私の思いよ。」という恋の熱望と苦痛を祝福した内容である。

 第104番は「朽ち果てようと願いながら、助けを求めみずからを憎みつつ、私は他の人を愛する。死ぬも生きるのも嫌だ。こうなったのは婦人よ、あなたのせいなのです。」と愛の二面性が表現されている。

 第123番は「天使のようなあの人を思い出すと、夢幻のように思われる。あの美しい人の言葉は、この世でかつて聞いた事のない程甘美な曲であった。」という恋のあこがれである。

 リストは歌曲と同時にピアノ版も作った。ただし、第1稿の順番は歌曲と同じく104,47,123であった。(S158)

出 版

 
 まず「ペトラルカのソネット」がまとめられ、1846年ハスリンガー社とリコルディ社から出版され、それを1850年ごろの第2稿で現在の順番にして、ついで全曲がまとめられて、1858年ショット社から出版された。

ディスク
(全曲版)

ベルマン(p)[77]。     (CD番号)G-POCG3413-5(「巡礼の年」全集)

タルベルト(p)[92]。          De-COCO80528-9

野原みどり(p)[99]。          Fon-FOCD3457

ブレンデル(p)[72]。          Ph-PHCP20269

ブレンデル(p)[86]。          Ph-PHCP3819

ポレット(p)[82]。            Dec-POCL5288
                      Dec-POCL3888-9(+第1年,補遺)

三船優子(p)[93]。            FH-FHCE2015